大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島家庭裁判所竹原支部 平成元年(家)56号 審判

申立人 竹野光正

主文

本件申立てを却下する。

理由

1  本件申立ての趣旨は、「申立人の名光正(みつまさ)を職愈(みつまさ)と変更することの許可を求める」というのであり、申立ての実情は、「申立人は、昭和48年1月から通称名として職愈を使用しており、現在では通称名が社会的にも本名のごとく使われており、社会生活上も不便であるうえ、このたび父が死亡したことにより蒲鉾店の責任者として登録する必要があり、この際名を変更したうえで登録したい」というのである。

2  一件記録を検討するに、申立人は、約30年前に申立人が病気をした際に友人が付けてくれた名である「職愈」を通称名として使用し、読み方は本名と同じく「みつまさ」と読ませてきており、以来今日まで戸籍上の名を使用する必要がある場合以外は通称名である「職愈」を使用している。このたび申立人の父が死亡したので家業である蒲鉾製造業の営業主として、市役所や保健所に名義の変更を届けなければならないが、この届出は戸籍上の名でなければ受理されず、また、現在の戸籍上の名である「光正」で営業するのでは銀行関係等で不自由が生ずるおそれがあることが認められる。

3  ところで、戸籍法50条1項は「子の名には、常用平易な文字を用いなければならない」と規定し、同法施行規則60条により常用漢字表及び人名漢字表によって常用平易な文字の範囲が示されているが、これらの趣旨は、人の名は家族、社会、国家等の公私の社会生活における個人を特定し区別するために用いられるものであるから、これを表示する文字も訓みも平易であり理解しやすいことを求めたものと解される。この趣旨は同法107条の2の名の変更についての「正当な事由」の有無の判断に際しても当然尊重すべきものであり、制限外文字への名の変更や読みやすい名から難読の名への変更などは制限を受けるべきである。

4  これを本件についてみると、申立人の現在の戸籍上の名である「光正」は文字も読み方も平易であり、何人にも読み書きができるものであるが、申立人が希望する「職愈」については、「職」はその訓みは「しょく、しき」であり、その意味に「みつぎもの」という意味があるものの、「みつ」との訓みはない。また、「愈」については、「まさる、ますます」との訓みはあるものの、この漢字は常用漢字表にも人名漢字表にもない。さらに、「職愈」を「みつまさ」と読める者は皆無であろうと考えられる。

したがって、申立人の名を「光正」から「職愈」に変更することは、戸籍法50条1項の趣旨に照らして「正当な事由」がないものというべきである。

5  もっとも、申立人は約30年の長期間にわたって通称名である「職愈」を使用して、これが申立人の生活全般において申立人の名として定着していることが認められるが、申立人は、その間約20年前、約15年前、2年前の3回家庭裁判所に対して本件と同内容の申立てをし、その都度裁判官から「申立てを許可できない」旨告げられて申立てを取り下げたことが認められるから、申立人は、裁判所の許可を受けることができないことを承知のうえで、長年通称名を使用し続けてきたものといわなければならず、申立人の名を「職愈」と変更することについては、これを長年使用したことをもって「正当な事由」があるということはできない。

6  よって、本件申立てを却下することとして、主文のとおり審判する。

(家事審判官 山森茂生)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例